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ブックレビュー

「人類は、いつかこの本を越えられるだろうか?『The Indifference Engine』」

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『The Indifference Engine』早川書房 伊藤 計劃

 

 

『戦争は終わっていない、とぼくは街の人々に言うつもりだった。戦争は終わっていない。ぼく自身が戦争なのだ。』
著:伊藤計劃 (ハヤカワ文庫JA 刊)より引用

 伊藤計劃(けいかく)。
 Project Itoh。二〇〇九年没、享年三十四歳。

 新時代をもたらした稀代の作家の死は、余りにも早過ぎた。本作には短編ながら重厚な小説のみならず、漫画作品二篇、遺稿となった『屍者の帝国』の冒頭など、彼の底知れぬ潜在能力の片鱗が収録されている。

 人間に眼が二つ有る事の効果は何か。二つの視野を重ね合わせ、差異を比べる事で、立体感を掴み、奥行きを理解する能力だ。そしてこれは精神面・思考においても同様の表現となる。伊藤計劃の視野は多角的で、それ故に世界を奥の奥までつぶさに見ていたのだろう。

 彼は諧謔を愛し、だが人類が克服出来ていない問題から目を逸らさず、ただ一人の『ぼく』として世界と向き合った探求者だった。

――どうか、一人でも多くのあなたが本書を読み、少しでも彼の“計劃”を受け継ぎ、ただ一人の『あなた』になれますよう。

 

文教堂 さっぽろ駅店  小笠原 祐也

『The Indifference Engine』書誌詳細ページ
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000002991/genre_001002/page18/disp_pc/

「最高にコミカルでワイルドなおっさんたちの織り成す日常が最高にCOOLな一冊『ワイルドサイドをほっつき歩け』」

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『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』筑摩書房 ブレイディみかこ

 

 

「最高にコミカルでワイルドなおっさんたちの織り成す日常が最高にCOOLな一冊『ワイルドサイドをほっつき歩け』」

昨年に本屋大賞ノンフィクション大賞で堂々の1位を獲得し、その後も各メディアで取り上げられ、
刊行されて1年以上経った今も尚、文芸書売り上げランキングの上位を維持し続けているベストセラー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の著者ブレイディみかこの最新作は、英国で生活する中年オヤジ達について書かれたエッセイだ。

今年EU離脱が正式に決まったばかりの英国だが、本書はまさにその離脱直前で揺れる庶民の生活が可笑しくも切実に刻まれている。
離脱か否かで懊悩し、派閥によって友人、知人、時には家族までもが殴り合いの大ゲンカになってしまうことが当たり前のように起こる彼等の生活は、まるで映画のワンシーンのようだが、それが今の英国の実態なのだ。
著者は過去にも『アナキズム・イン・ザUK』や『ヨーロッパ・コーリング』等で今、現在進行形の労働者階級の人々を語ってきたが、今までで最もユーモラスで、エンターテインメントに、そしてドラマティックな作品だと思う。
それは、本書に登場するオヤジ達が個性的で滑稽だけれど、どこか哀愁を感じさせるからなのかもしれない。
さらに本書の後半では今の英国の世代や階級、生活について分かりやすく解説してくれているので、英国の映画や小説、音楽を今まで以上に深く楽しめる1冊になっている。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で著者を知った方も多いとは思うが、本書をきっかけにしてフィクションではない英国のワイルドサイドな日常の実態を、小説を読むように楽しんでもらえたら最高だ。

文教堂 商品本部  青柳 将人

『ワイルドサイドをほっつき歩け』書誌詳細ページ
https://www.chikumashobo.co.jp/special/wildside/

「惹き込まれ、巻き込まれていく珠玉のホラー短編集『眼球綺譚』」

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『眼球綺譚』KADOKAWA 綾辻 行人

 

 

『読んでください。
  夜中に、一人で。
   便箋に並んだ文字にもう一度、眼をくれる。
    今、時刻は午前零時を回ったところだ。疲れてはいるけれど、眠くてたまらないわけではまだない。』
著:綾辻行人 (角川文庫 刊)より引用

 始めにもうひとつだけ、あとがきから引用しておかねばなるまい。

『本書に収録された七編は各々に独立した物語だが、できれば並べられたとおりの順番でお読みいただきたい。それなりの効果を狙って決めた並び順なので。』

 それなりの効果どころか、個々の短編が読者の心理の奥深くから徐々に重層を成していき、最後の表題作にてその偉容が明らかになる構成力の妙は、本格ミステリの旗手としての面目躍如である。

 恐ろしくも妖しい幻想譚を読み解くのは、さながら綺麗に艶めく眼の奥底を覗き込むような体験だが、それは誰かと見つめ合う事と同義なのだ。夜中に、一人で読み終えた時、逆にあなたの心の奥底を覗き込んでいる何者かがいるとすれば、それは果たして――。
 

 

文教堂 さっぽろ駅店  小笠原 祐也

『眼球綺譚』書誌詳細ページ
https://www.kadokawa.co.jp/product/200809000373/

「想像を超えた創造物に追い付けるだろうか?『Self-Reference ENGINE』」

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『Self-Reference ENGINE』早川書房 円城 塔

 

 

『例えば私はここに存在していないのだけれど、自分があなたに見られていることを知っている。あなたがわたしを見ていないということはありえない。今こうして見ているのだから。』
著:円城塔 (ハヤカワ文庫JA 刊)より引用

 まず円城塔の紡ぐ奇妙な作品をまともに解説する事が不適切だと考えると、必然的に極力奇妙な語り口で説明する方が適切となる。

 円城塔 Enjoe Toh は、作家である。芥川賞作家であり、本作でフィリップ・K・ディック賞の特別賞も受賞している。日本SF大賞作家でもあり、星雲賞作家でもあり、他にも色々受賞している。なぜ知名度が低いのかは不明である。ちなみに、北海道札幌市出身なのはどうでも良い情報だが、郷土愛が好きな人の為に一応書いておく。

 本作では“イベント”なる出来事によって無数の宇宙が生まれ、平行世界が捻れ狂い、脈絡は散り散りになった、はずだ。違うのかもしれない。実際には読んだ人間がどう認識するかの問題である。

訳が分からない読後感が残る可能性があるが、凡庸さしか自慢の無い作品を読んでいては一生味わえない稀少な体験なのは保証する。
 

 

文教堂 さっぽろ駅店  小笠原 祐也

『Self-Reference ENGINE』書誌詳細ページ
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/20985.html

「亡き父の遺したメッセージから辿る戦争の歴史『鉄路の果てに』」

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『鉄路の果てに』マガジンハウス 清水 潔

 

 著者が幼少時代からの半生を過ごした実家の父の本棚から一枚の小さな紙きれを見つけたことを発端にこの物語は始まる。

「だまされた」

 『シベリアの悪夢』と書かれた本に挟まれたそのメモ書きには、「私の軍隊生活」と書かれた簡単な記録と、戦時から戦後にかけて父が辿った、日本列島からユーラシア大陸にかけての地図が印刷されていた。
著者は日本から朝鮮半島へと渡り、中国からシベリアまで。父が辿った航路を辿ることで、今もなお侵略された側に残る戦争の爪痕を知ることになる。そして戦後に父親が拘留されることになったシベリアへと近づいていくにつれて、父への思慕だけではなく、「だまされた」という言葉に込められた本当の意味に近づいていく。

多くの命を奪い、深い悲しみと半世紀以上経った今も禍根を残し続けている戦争は、どうして起こったのか。
さらには人間とは、どうして争いを繰り返し続けてしまう生き物なのであろうか。

この亡き父の遺したメッセージから始まった著者の旅路を、一人でも多くの日本人が読むことによって、戦争の本当の被害者について考えてもらいたい。それで戦争を知らない世代がほんの少しでも関心を抱いてくれたらならば、この本の価値は計り知れない。
 

 物やお金に換えることのできない、かけがえのない私達の学びの財産を増やしていくためにも、自宅で過ごす時間を未来の自分への投資にできるように、本書で「なんのために学ぶのか」を学んでもらえたら嬉しい。

 

文教堂 商品本部  青柳将人

『鉄路の果てに』書誌詳細ページ
https://magazineworld.jp/books/paper/3097/

「この本が燃やされる未来が来ないうちに、手に入れておこう。『華氏451度 新訳版』」

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『華氏451度 新訳版』早川書房 レイ・ブラッドベリ

 

 

 『細部を語れ。生き生きとした細部を。すぐれた作家はいくたびも命にふれる。凡庸な作家はさらりと表面をなでるだけ。悪しき作家は蹂躙し、蠅がたかるにまかせるだけ。
 さあ、これでなぜ書物が憎まれ、恐れられるのか、おわかりになったかな? 書物は命の顔の毛穴をさらけだす。気楽な連中は、毛穴もなくつるんとした、無表情の、蠟でつくった月のような顔しか見たがらない。』
著:レイ・ブラッドベリ 訳:伊藤典夫(ハヤカワ文庫SF)より引用

人々は見せかけの空疎な娯楽を考えもせずやり過ごし、過去には学ばず、どこかで進行する戦争への関心もない。書物を焼き払う“昇火士”(フアイアマン)モンターグもまたそんな一人だったが、(世間にとっては)奇妙な言動ながら誠実に彼と向き合う隣家の少女の存在によって『しあわせになるために必要なものはぜんぶ持っているのに、しあわせではない』ことに気が付いてしまう……。
この作品の舞台は未来社会だが、人を蝕む無思考・無責任という病理、それを自覚し抜け出そうとする主人公の探索行は、まさしく現代社会に生きる我々自身に示された命題なのである。
 

 

文教堂さっぽろ駅店  小笠原祐也

『華氏451度 新訳版』書誌詳細ページ
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11955.html

「学びは決して人から盗まれることのない財産『なんのために学ぶのか』」

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『なんのために学ぶのか』SBクリエイティブ 池上 彰

 

 

 自宅で過ごす時間が増えたことにより、世代によってさまざまな時間の使い方をしているこのご時世、その世代でも共通するのは、この自宅での先行きの見えない時間の使い方なのではないだろうか。
 本書は「余暇」の過ごし方ではなく、これからの自分自身のための「学ぶ」ということについて書かれている作品だ。
 著者の池上彰は、「勉強はたいていつまらないもの」と語る反面、「学んで損をすることは一つもない」と本書で記している。それでは、「勉強」と「学び」はどう違うのだろうか。

 「勉強も学びも意味は同じです。どちらにせよ、やはり上から押しつけられてやらせるのはよくないやり方です。子どもは何か一つ、「あっ、これはおもしろいな」と思えるものをうまく見つけることができたなら、放っておいても自発的に勉強を始めます。この点は大学生も社会人も同じです。」

 著者は記者、アナウンサー時代を経て、「週刊こどもニュース」で小学生にも分かりやすいニュースの伝え方を、番組を作りながら学んできた。それは結果として、著者が分かりやすく伝えるために、様々な分野を学び、そして積み重ねてきた知識や経験が現在のTVや新聞、書籍での活躍に活きているのは言うまでもない。
 本書の冒頭で「セレンディピティ=思わぬ発展につながる偶然」についての大切さについて著者が記しているが、これもまたセレンディピティがもたらしてくれた最高の結果の一つだ。

 物やお金に換えることのできない、かけがえのない私達の学びの財産を増やしていくためにも、自宅で過ごす時間を未来の自分への投資にできるように、本書で「なんのために学ぶのか」を学んでもらえたら嬉しい。

 

文教堂 商品本部  青柳将人

『なんのために学ぶのか』書誌詳細ページ
https://www.sbcr.jp/product/4815604394/

これが、世界初のロボット神話だ。『ロボット<R.U.R.>』

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『ロボット <R.U.R.>』岩波書店 カレル・チャペック

 

 今日では一般的な “ロボット”という造語は、チェコスロバキアの作家、カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.』によって誕生し、全世界へと広まった。元祖ロボットの設定は、現代人が思い描くであろう金属やプラスチックで作られた無機質な人型ではなく、外見だけは人間さながらの、化学的に作られた人造人間の労働者である。

 R.U.R.社によって製造されたロボット達は生産工程の変更によりやがて人類へ反旗を翻し、また人間には子孫が産まれなくなっていた。過ちと傲慢が招いた終局が迫り来る脅威・絶望と同時に、結末では生命への賛歌と希望の萌芽が描かれ、物語は幕を閉じる。

 そもそも薄めの本かつ戯曲の脚本なので、長々とした描写・説明・修飾などが無く、意外に早く読み終われるのもセールスポイント。

 

文教堂さっぽろ駅店  小笠原祐也

『ロボット <R.U.R.>』書誌詳細ページ
https://www.iwanami.co.jp/book/b248450.html

ずっと忘れられない物語になる『52ヘルツのクジラたち』

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『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社 町田 そのこ

 

 今年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんが絶賛している本作は、家族から、そして大切な人達からも逃げるようにして海に近い港町に引っ越してきた女性・貴瑚が、ボロボロに破れた衣服をまとった少年と出会うところから物語は始まる。

 冒頭で貴瑚が「風俗嬢だったのか」と疑われ、地元の人達に奇異の目で見られるという部分が、西加奈子さんの『漁港の肉子ちゃん』のような作品を彷彿とさせるが、主人公の貴瑚には肉子ちゃんのような寛大さや包容力がある訳でもなく、周囲の人々とは距離を置き、自分に対して危害を加えるかもしれない他者に対してはより過敏に拒絶反応を示す肉子ちゃんとは正反対のような人間だ。

 けれど貴瑚には共感力が非常に高く、自身と同じような境遇を経験してきた人には優しく、母性にも似た包容力を見せる。時間はかかるけれども、村中のような真摯に貴瑚と向き合おうとしてくれる人には、心を開いていくこともできる。この感情の動きは矛盾しているようでいて、実は誰しもが持っている心理行動だと思う。

 だからこそ自己肯定感関連の本がここ数年で増えて来て、自己啓発としてだけではなく、ビジネス書や女性の読み物として等、幅広く読まれる棚の定番書になってきているのだろう。

 凪良ゆうさんの『流浪の月』が世間から隔離された二人だけの世界から始まる物語であるならば、本書は世間から傷つけられて生きていくことしか知らなかった二人が、世界と向かい合い、成長していく物語だといえるかもしれない。

 この物語は耳を澄ましても届くことの叶わない、悲痛な声に溢れている。それは目を背けて本を閉じてしまいたくなるくらいに辛い読書体験だった。 けれど、その綴られてきた幾つもの滂沱の涙は、どこまでも果てしなく続く広大な海に繋がり、渇いた涙の跡を大いなる愛で充たしてくれた。

 きっとこの作品は、ずっと忘れられない物語になると確信させてくれる。

文教堂 商品本部 青柳 将人

『52ヘルツのクジラたち』書誌詳細ページ
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/04/005298.html

虚実を見極める知性と思考力を、持っているか。『一九八四年 新訳版』

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一九八四年 新訳版』早川書房 ジョージ・オーウェル

 

『「かれらだって人の心のなかにまで入りこめはしない」と彼女は言った。だがかれらにはそれができるのだ。「ここで君の経験することは永久に変わらず続く」とオブライエンは言っていた。そのことばに嘘偽りはなかった。』
 著:ジョージ・オーウェル 訳:高橋和久(ハヤカワ文庫epi)より引用

 ジョージ・オーウェルの『動物農場』は、革命の志がやがては腐敗する様を描いた短篇寓話だったが、こちらは長篇の重みを活かした凄まじいまでの重厚感、重圧感を描き切った非理想郷(ディストピア)小説だ。
党首ビッグ・ブラザーは全能で、真理の体現者であり平和の守護者、全国民に愛され社会を潤沢に満たし、誤りを犯す事はない

 ―当然だ、党に都合の悪いものは修正され是正され矯正され削除され処分され蒸発するのだから。過去は絶え間無く改竄され続け、思考すら罪となり、言葉を消し去る事で認識さえも奪われていく。

 二重に恐ろしいのは、為政者の欺瞞、権力への執着、歪曲する報道、認識の欠如、盲目的な人民、強いられる礼賛、それらが紡ぐ悪夢的世界と現実世界との同期(シンクロ)に気付く瞬間だ。現実の悪夢度をあなたが知ろうとする時、この本が貴重な尺度(スケール)となってくれるだろう。
 

文教堂さっぽろ駅店  小笠原祐也

一九八四年 新訳版』書誌詳細ページ
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/310053.html

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